大判例

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東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)119号 判決

原告

後藤雄一

被告

大場啓二

被告

押山靖

右被告両名訴訟代理人弁護士

橋本勇

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、世田谷区に対し、各自金一三万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年一〇月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

一  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二 当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は東京都世田谷区(以下、単に「世田谷区」という。)の住民であり、昭和六一年六月三〇日から昭和六二年六月二九日までの間、被告大場啓二(以下「被告大場」という。)は世田谷区長の職に、被告押山靖(以下「被告押山」という。)は世田谷区議会事務局次長の職に、それぞれあった者である。

2  違法行為

(一)  地方自治法二〇三条三項は、地方公共団体の議会の議員は職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる旨規定し、同条五項は、その額及び支給方法は条例で定めなければならない旨規定しているところ、東京都世田谷区議会議員の報酬及び費用弁償等に関する条例(以下「本件条例」という。)七条一項は、議長を含む議員が招集に応じて会議に出席したとき若しくは委員会に出席したとき又は公務のため旅行したときは、費用弁償として旅費を支給する旨規定し、同条二項は、議長を含む議員が招集に応じて会議に出席したとき若しくは委員会に出席したとき又は公務のため特別区の存する区域内を旅行したときは、日額旅費として六〇〇〇円を支給する旨規定している。

(二)  他方、東京都世田谷区自動車の管理等に関する規程五条は、「区長及び区議会議長は、乗用車を専用するものとする。」と規定しており、世田谷区議会議長は議会への出席等に専用の公用車を使うことが認められている。

(三)  菅田昌宏(以下「菅田議長」という。)は、昭和六一年六月三〇日から昭和六二年四月三〇日までの間、原秀吉(以下「原議長」という。)は、同年五月一九日から同年六月二九日までの間、それぞれ世田谷区議会議長の職にあったところ、世田谷区議会本会議ないし所属の委員会に出席した日のうち別紙記載の日について菅田議長は自宅と議会等との往復に、原議長は議会等から自宅への帰路に、それぞれ世田谷区の公用車を利用しながら、他方で本件条例に基づき、菅田議長は計二〇日分として一二万円の、原議長は計五日分として三万円の、各日額旅費の支給を受けた。

(四)  しかし、本件条例による日額旅費の支給とは、交通費の弁償に他ならないところ、議長に公用車を利用させるのは交通費の現物支給であるから、更に費用弁償として日額旅費を支給するのは交通費の二重支給であり、違法である。したがって、右(三)の別紙記載の日についてなされた日額旅費の支給のうち、菅田議長については往復公用車を利用していたので一二万円全額が、原議長については帰路のみ公用車を利用したので三万円のうち半額の一万五〇〇〇円が、それぞれ違法な支出である(以下、合わせて「本件支出」という。)。

3  被告らの責任

(一)  世田谷区における議長を含む区議会議員の費用弁償に係る支出負担行為の権限は、区長から区議会事務局長に委任されており、支出命令を行う権限は、区長から区議会事務局次長に委任されている。

(二)  被告大場は、区長として会計を監督する責任があるところ、過去に世田谷区議会事務局長を務め、かねてから右2の(四)に述べた議長に対する費用弁償の違法を知っていたにもかかわらず本件支出を放置し、被告押山は、区議会事務局次長として重大な過失により違法を看過して本件支出に係る支出命令をした。

4  世田谷区の損害

世田谷区は、本件支出によりその合計額一三万五〇〇〇円相当の損害を被った。

5  監査請求

原告は、昭和六二年六月三〇日、世田谷区監査委員に対し、地方自治法二四二条に基づき監査請求をしたところ、同監査委員は、同年八月二八日、原告に対し、原告の請求を容認できない旨の監査結果を通知した。

6  よって、被告大場は不法行為に基づき、被告押山は地方自治法二四三条の二第一項に基づき、連帯して世田谷区に対し本件支出による損害を賠償すべき義務があるところ、原告は、右の監査請求の結果に不服があるので、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、世田谷区に代位して、被告らに対し、本件支出相当額一三万五〇〇〇円の損害金及びこれに対する本件支出の日以後の本訴状送達の日の翌日である昭和六二年一〇月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を世田谷区に支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

2  同2(違法行為)のうち、(一)ないし(三)の事実は認め、(四)は争う。

3  同3(被告らの責任)のうち、(一)の事実は認める。(二)のうち、被告大場が過去に世田谷区議会事務局長を務めたことは認め、その余は争う。

4  同4(損害)の事実は否認する。

5  同5(監査請求)の事実は認める。

6  同6は争う。

三  被告の主張

地方自治法二〇三条三項所定の費用弁償とは、その職務を行うために要する費用の弁償であるから、費用を要した都度その実費を計算してこれを支給することとしてももちろん差し支えないが、通常はあらかじめ一定の基準を定めこれにより支給するという方法によっている。これは、実費弁償の原則を厳密に実行することは困難であることから、あらかじめ一定の事由又は場合を定め、これに該当するときに一定額を費用弁償として支給することとし、各個別の場合に実際に費消した費用がその額より多くても少なくてもそのような個別の事情を考慮しないこととして、事務の簡素化、合理化を図っているものである。このような取扱いは、反復して行われる職務の遂行のために費用を費やした者とその費用を支弁すべき地方公共団体との間の負担を調整する合理的な方法として是認されるべきものである。

国会議員に対して支給される派遣旅費、議会雑費も、同様に費用弁償の性格を有するものと考えられるが、これについても定額で定められており(国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律八条、九条、国会議員の歳費、旅費及び手当等支給規程四条一項)、地方公共団体が議会の議員に対して支給する費用弁償についても、各議員毎、ケース毎の個別事情に応じて計算するか、定額方式によるかは、立法者(条例制定者)の合理的裁量に委ねられていると解される。

国家公務員の旅費についても、国家公務員等の旅費に関する法律(以下「旅費法」という。)は、冗費節約と行政事務の簡素化の要求に基づき、どちらかというと定額方式の建前をとっている。

本件条例も、このような考え方を前提として、議員の費用弁償について、特定の議員の住所地、具体的な職務遂行地あるいは公用車の利用を含む旅行の手段、時間等を個別に問題にすることなく、旅行の種類に応じた定額の費用弁償をすることを定めたものであるから、菅田議長らの公用車の利用の有無にかかわらず、本件条例の規定に従ってなされた本件支出は適法である。

なお、原告は、本件条例による日額旅費の支給とは交通費の弁償に他ならないとしているが、本件条例における日額旅費は交通費だけでなく日当や議会活動に係る諸経費の弁償も含むものである。

また、区議会議長について公用車の利用が認められているのは、議長は、議会の日常的な事務を処理するため、議員として費用弁償がなされる議会や委員会の開催日だけではなく、ほとんど毎日区役所(議会)に登庁しており、また、対外的に議会を代表してそれ以外の用務地に赴くなどの事務もあるためである。

四  被告の主張に対する原告の認否

争う。

第三 証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)の事実、同2(違法行為)の(一)ないし(三)の事実、同3(被告らの責任)の(一)の事実及び同5(監査請求)の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

二そこで検討するに、地方自治法二〇三条三項は、地方公共団体の議会の議員は職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる旨規定しているところ、右の費用の弁償は、本来的には、現実に要した費用、すなわち実費を対象としてこれを弁償すべき性質のものということができる。しかし、費用の弁償の方法としては、費用を要した都度その実費を計算してこれを支給すること(実額方式)は、実費を対象としてこれを弁償するという費用の弁償の本来の建前には忠実であるものの、費用の中には実費の算定が困難なものもあり、また、個々の支出について旅行者に証拠書類の確保を要求し、事務担当者にもその確認の手数の負担を負わせることになって、当該費用の額や支出の頻度によってはいたずらに手続を煩雑にし、そのための経費を増大させることになりかねない。そこで、費用の弁償の方式としては、あらかじめ一定の事由又は場合を定め、これに該当するときに一定額を費用として弁償することとし、各個別の場合には実際に費消した費用がその額より多くとも少なくともそのような個別の事情は考慮しないこととする方式(定額方式)も考えられるところであり、右に述べた、実額方式を採る場合における手続の煩わしさ、経費の増大等といったその短所を合せ考えると、右の定額方式も、それが社会通念上、実費を対象としてこれを弁償するとの費用弁償の本来の建前を損なうとはいい難いものである限り、地方自治法二〇三条三項の費用弁償の方法としてこれを採用することが許されるものと解すべきである。したがって、地方自治法二〇三条三項所定の費用弁償については、その方式として、実額方式を採るか、右に述べたような定額方式を採るかは条例制定者たる地方公共団体の議会の裁量に委ねられているものといって差し支えないことになる。なお、同様に費用弁償の性格を有するものと解される国会議員に対して支給される派遣旅費、議会雑費についても、定額方式が導入されており(国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律八条、九条、並びに国会議員の歳費、旅費及び手当等支給規程四条一項参照)、また、費用弁償と同様に実費弁償を本質とすると解される国家公務員の旅費等についても、定額方式が導入されている(旅費法参照)ことも、右見解を支持するものといってよい。

本件条例によれば、右一に争いのない事実として判示したとおり、議長を含む議員が招集に応じて会議に出席したとき若しくは委員会に出席したとき又は公務のため特別区の存する区域内を旅行したときは、費用弁償として日額旅費六〇〇〇円が支給されることとなっており、この日額旅費については、地方自治法二〇三条三項所定の費用の弁償に当たるとともに、この弁償の方式として定額方式を採用したものであることは明らかである。ところで、本件条例七条一項、二項の規定によると、議長が議員として議会や委員会に出席すれば、定額六〇〇〇円の日額旅費が支給されるのであって、右の出席の際に公用車の利用という事実があったとしても、その支給が許されないものとはされていない。そして、右の日額旅費の支給の対象となる職務の内容、支給される金額等のほか、右の日額旅費には、交通費だけではなく少なくともいわゆる日当も含まれるものと解されること(旅費法二六条参照)に鑑みると、右の日額旅費は、右に述べたとおりに支給されるとしても、社会通念上、実費を対象としてこれを弁償するとの費用の弁償の本来の建前を損なうとはいい難いものというべきである。

原告は、費用弁償としての右の日額旅費を交通費のみの弁償と理解した上、公用車利用の場合に支給するのは二重支給であると論難するが、日額旅費が交通費のみであるという前提自体失当なことは右に述べたとおりである。のみならず、仮に右の日額旅費が交通費のみの弁償であるとしても、定額方式においては、何らかの事情で公用車を利用することなく、議会や委員会へ出席し、かつ、同日中に公務のため何箇所も特別区内を旅行し、交通費だけでも到底六〇〇〇円では賄えないような支出をした日であっても、同額しか支給されないのであり、他方、議会等に徒歩でも登庁できる議員に対しても同額が支給されるのであるが、それでも長い間には全体として実額によった場合と差異がなければ、議員にとって不利益はなく、他方、費用弁償を行う区、ひいては区民にとっても、支給に伴う事務手続が簡便になる分だけ経費を節減できることになるので、全体としてみれば、必ずしも費用の弁償の本来の建前を損なうとはいえないのである。そうすると、原告の右主張はいずれにせよ到底採用し難いというほかはない。

そうすると、本件条例による日額旅費の支給は、公用車の利用の有無にかかわらず違法ではなく、したがって、本件支出を違法とすることはできない。

三よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官石原直樹 裁判官佐藤道明)

別紙

菅田議長

本会議

昭和六一年九月一六日、同月一七日、同年一一月六日、同月七日

昭和六二年三月二日、同月一九日

区民生活委員会

昭和六一年七月一七日、同年九月三日、同月一八日、同年一〇月二七日、同年一一月一〇日、同年一二月八日

昭和六二年一月二二日、同年二月一八日、同年三月一六日

下水道委員会

昭和六一年九月八日、同月一九日、同年一〇月二八日、同一一月一二日

昭和六二年三月五日

原議長

本会議

昭和六二年五月一九日、同月二二日、同年六月一六日、同月二二日

文教委員会

昭和六二年五月二八日

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